2011年5月5日木曜日

梅雨の満月が本堂のうしろから

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―四方のたより― スローな一日

「新しきものの真の新しさを捉える唯一の方法とは、古きものの「永遠」のレンズを通して世界を見ることだ。実際コミュニズムが「永遠の」思想であるのならば、それはヘーゲル哲学における<具体的普遍性>として機能する。どこにでもあてはまる抽象的で普遍的な特質というのではなく、新しい歴史状況がめぐりくるごとにモデルチェンジされるべきだという意味で、永遠なのである。」
「資本主義のパラドクスは、実体経済といあ赤ん坊を健やかに育てながら、金融投機という汚水は捨てられないことにあるのだ。」

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「古典様式は神秘という「秘匿されたもの」を、「悟性的な」単に「昇華された」自然において描き出そうとし、マニエリスムは「秘匿されたもの」を、「寓意的な」「イデア」のうちに往々にして「デフォルメされた」自然において力を発現せしようとする。
かくて形而上学的意味でも、二つの相異なった、とはいえ存在論的関連においてはいずれもそれなりに存在関連的な、人間性の原身振り-ウルゲベルデ-と関わり合うのである。そのいずれもが―それぞれ相異なるあり方で―深淵的なものに関連づけられている。
古典主義者は神をその本質-エッセンツ-において描き出し、マニエリストは神をその実存-エクジステンツ-において描き出す。
古典様式の危険は硬化であり、マニエリスムの危険は解体である。
マニエリスムなき古典様式は擬古典主義に堕し、抵抗としての古典様式なきマニエリスムは衒奇性へと堕するのである。」

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さすがに今日は出かける当て処とてなく、日なが一日まったりと読書に勤しむ。
S.ジジェクの「ポストモダンの共産主義」とG.R.ホッケの「迷宮としての世界」、まったく分野も異なる2冊を、気分転換よろしく並行して読んでみているが、内容が内容だけに進捗具合は遅々としたものだ。

<日暦詩句>-28
栂の杖にささへられ
ひとつの伝不詳の魂がさすらっていく
影は巌にも水のうへにも落ち
硬い時雨のそそぐ田舎-プロヴァンス-にきて
その魂の鴫のにはかに羽ばたく。
  ―安西均詩集「花の店」所収「西行」-昭和30年

―山頭火の一句― 行乞記再び-昭和7年-161
6月19日、同前。

曇、時々照る、歩けば暑い、汗が出た、田部、岡林及、岡町行乞、往復6里、少々草臥れた。
朝の早いのは、私自身で感心する、今日も4時起床、一浴、読経回向、朝食、―6時前に出立して3時過ぎにはもう戻つてきた、山頭火未老!
-略- 途中、菅生のところどころにあやめが咲いてゐた、「あやめ咲くとはしほらしや」である、山つつじを折つてきた、野趣-山趣?-横溢、うれしい花である。-略-
笠から蜘蛛がぶらさがる、小さい可愛い蜘蛛だ、彼はいつまで私といつしよに歩かうといふのか、そんなに私といつしよに歩くことが好きなのかよ。
今夜は行乞所得で焼酎を買ふことが出来た-十方の施主、福寿長久であれ、それにしても浄財がそのままアルコールとなりニコチンとなることは罰あたりである-、そしてほろほろ酔ふた-とろとろまではゆけなかつた、どろどろへは断じてゆかない-。

※表題句の外、6句を記す

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Photo/川棚温泉近く豊浦町黒井菖蒲園のあやめ


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2011年5月4日水曜日

霽れて暑い石仏ならんでおはす

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―四方のたより― 箕面の滝道で

選挙が絡んだ所為で、彼岸のときに墓参に行きそびれたままだったのを、やっと昨日の午後に。
その足で、昨年から、この時期、川床を始めたという箕面へと足を伸ばし、滝道を歩く。
新緑の楓群は陽射しに照り映え色鮮やか、その中に山がのこのあたりゆえか、ぽつりぽつりと真つ赤に咲いた椿の花に眼を奪われた。
滝でのひと休みを挟んで往復2時間、駅前の小粋なカフェで珈琲タイム、此処の珈琲がソフトだけれど美味しかった。

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<日暦詩句>-27
旅人が草になげた仮面は光る
物質のめまいすずろぐ谷
するどい沙漠の匂いをちらす木の下に
流刑人の帽のような果実が
投身する その水しぶき
巌の水よ ゆうべの底にかがやき
いなずまは遠い熱情のきざはしもて
橄欖石の肌にこすりつける
ひといろの楔形文字を
きのう果てた嵐の遺書を

起ち そしてあゆめ 時よ
くちずけせよ 朝の岸辺に わがしかばねよ
えたいのしれぬ愛
それこそ「明日」なのだ
  -谷川雁詩集より「わが墓標のオクターヴ」-昭和35年-

―山頭火の一句― 行乞記再び-昭和7年-160
6月18日、同前。

快晴、梅雨季には珍らしいお天気でもあるし、ちようど観音日でもあるので、狗留孫山へ拝登、往復6里、山のよさ、水のうまさを久しぶりに味つた。
道を間違へて、半里ばかり岨路を歩いたのは、かへつてうれしかつた、岩に口づけて腹いつぱい飲んだ水、そのあたりいちめんにただようてゐる山気、それを胸いつぱい吸いこんだ、身心がせいぜいした。
狗留孫山修禅寺、さすがに名刹だけあるが、参詣者が多いだけそれだけ俗化してゐる、参道の杉並木、山門の草葺、四面を囲む青葉若葉のあざやかさ、水のうつくしさ、―それは長く私の印象として残るだらう。
田植を見て「土落し」を思ひだした、それは私が少年時代、郷里の農家に於ける年中行事の一つであつた、一日休んで田植の泥を落すのである、何といふ、なつかしい思出だらう。
昨日も今日もサケナシデー、すこし切ない。
近頃、ひとりごとをいふやうになつた、年齢の加減か、独居のせいか、何とかいふ支那の禅師の話を思ひだしておかしかつたり、くやしかつたりしたことである。

※表題句の外、10句を記す

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Photo/狗留孫山修禅寺の山門

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 〃 /祖師堂内からの遠望

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〃 /参詣道中にある岩谷の十三仏


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2011年5月3日火曜日

さみしいからだをずんぶり浸けた

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―四方のたより― 国芳展を観る

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昨日、連休の谷間の2日、旅から帰ったKAORUKOにとっては4日ぶりの登校日、此方は昼前から出かけ、大阪市立美術館で開催中の国芳展へ。
ごった返すほどというほどの人出ではないがかなりの盛況、ものが版画という小さな平面だけに、なかなか進まぬ列に従って順繰りに鑑賞するのは相当な根気を要する。
途中、会場なかほどにある休憩所で一息入れたのも併せ、最後のshopまで辿り着くのに一時間半はかかったか。
400に余る作品を前後期に分けて展示するというこの催し、後期は連休明けの10日からだそうだが、もう一度足を運ぶ気力は起こりそうもないので、このたびの展示作品すべてを網羅した記念誌-2500円也-を購って美術館をあとに。
昼下がりの新世界の横丁は人人の波、どの店も客でいっぱい、名高い串カツ屋などでは順番待ちの列が狭い路地を埋めていた。

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<日暦詩句>-26

もう何日もあるきつづけた
背中に銃を背負い
道は曲がりくねって
見知らぬ村から村へつづいている
だがその向こうになじみふかいひとつの村がある
そこに帰る
帰らねばならぬ
目を閉じると一瞬のうちに想いだす
森の形
畑を通る抜路
屋根飾り
漬物の漬け方
親族一統
削り合う田地
ちっぽけな格式と永劫変らぬ白壁
柄のとれた鍬と他人の土
野垂れ死した父祖たちよ
追いたてられた母達よ
そこに帰る
見覚えある曲り角から躍りだす
いま始源の遺恨をはらす
復習の季だ
その村は向うにある
道は見知らぬ村から村へつづいている
  -黒田喜男詩集「不安と遊撃」所収-昭和34年-「空想とゲリラ」より

―山頭火の一句― 行乞記再び-昭和7年-159
6月17日、同前。

梅雨日和、終日読書、さうする外ないから。
アイバチといふ魚を買つた、10銭、うまくていやみがなかつた-ナマクサイモノを食べたのは、何日目だつたかな-、そしてうどん玉二つ、5銭、これもおいしかつた、今晩は近来の御馳走だつた。
このあたりも、ぼつぼつ田植がはじまつた、二三人で唄もうたはないで植ゑてゐる、田植ゑは農家の年中行事のうちで、最も日本的であり、田園趣味を発揮するものであるが、此頃の田植は何といふさびしいことだらう、私は少年の頃、田植の御馳走-煮〆や小豆飯や-を思ひだして、少々センチにならざるを得なかつた、早乙女のよさも永久に見られないのだらうか。-略-
土地借入には当村在住の保証人二名をこしらへなければならないので、嫌々ながら、自己吹聴をやり自己保証をやつてゐるのだが、さてどれだけの効果があるかはあぶないものだ、本人が本人の事をいふほどアテになるものはなく同時にアテにならないものもない。
一も金、二も金、三もまた金だ、金の力は知りすぎるほど知つてゐるが、かうして世間的交渉をつづけてゐると、金の力をあまり知りすぎる!
私の生活は-と今日も私は考へた-搾取といふよりも詐取だ、いかにも殊勝らしく、或る時は坊主らしく、或る時は俳人らしくカムフラーヂユして余命を貪つてゐるのではないか。
法衣を脱ぎ捨ててしまへ、俳句の話なんかやめてしまへよ。
それにしても、やつぱりさみしい、さみしいですよ。

※表題句の外、7句を記す

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Photo/川棚温泉近くにある豊浦リフレッシュパークに咲き乱れる菜の花


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2011年4月28日木曜日

水は澄みわたるいもりいもりをいだき

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―四方のたより― ふたり旅

この一月半ばかりで少々ストレスを溜め込んだらしい。
何処か、小さな旅をしたくなった。
ところが、連合い殿にはこの連休も思うにまかせずお休みとはいかぬらしい。
で、4月に4年生となった娘と、ふたり旅をすることになった。
もう10歳になるし、この二年で背丈は伸びに伸びて142㎝にまでなったものの、まだ幼さばかりが先立つ子どもだ。そんな娘と、もうすぐ67歳になる老親の、ふたり旅。
おそらく、今後とも、そんな機会は訪れないだろう。
彼女の、記憶に残る、旅をしよう。

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<日暦詩句>-25
  ≪根失い毬となってころげ
  風のなかに生きる沙漠の木≫
海をのんで
脳の皺かたどり 化石した鉱滓の陸
さらに液状の鉱滓-ノロ-
火の舌抜かれつつ散乱し
陽なく 陽炎もえる
嘔吐しきれぬトロッコを捨て 誰もいないが
製鉄所裏のそこには
いつも僕を抜けでた僕がいる
黄いろく風が吹く日
鎔鉱炉はスフィンクスに変り
頭をふると沙漠の木が走る
  -関根弘詩集「絵の宿題」所収「沙漠の木」より

―今月の購入本―
セルジュ・ラトゥーシュ「経済成長なき社会発展は可能か?」作品社
鎌田東二.他「モノ学の冒険」創元社
グスタフ・ルネ・ホッケ「迷宮としての世界-上-マニエリスム美術」岩波文庫
グスタフ・ルネ・ホッケ「迷宮としての世界-下-マニエリスム美術」岩波文庫
加藤隆「新約聖書の<たとえ>を解く」ちくま新書
佐藤泰志「海炭市叙景」小学館文庫

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―山頭火の一句― 行乞記再び-昭和7年-158
6月15日、同前。

午前は晴、午後は雨、これでとうやら本格的な梅雨日和となつた訳だ、空梅雨ではあるまいかと心配してゐた農夫の顔に安心と喜悦との表情が浮んでゐる、私も梅雨季は梅雨季らしい方を好いてゐる、行乞が出来ないので困ることは困るけれど。-略-
午前は松谷の松原を散歩した、一句も拾へなかつたが、石を一つ拾つた。
昨日今日はまことにきゆうきゆううつうつである、酒の代りにがぶがぶ茶を飲み、たびたび湯にはひつた。‥‥
-略-
ここに滞留してゐて、また家庭といふもののうるさいことを見たり聞いたりした、独居のさびしさは群棲のわずらはしさを超えてゐる。
このあたりは、ほんたうにどくだみが多い、どくだみの花が家をめぐり田をかこんで咲きつづいてゐる。
自殺した弟を追想して悲しかつた、彼に対してちつとも兄らしくなかつた自分を考へると、涙がとめどもなく出てくる、弟よ、兄を許してくれ。
昨日も今日も連句の本を読む、連句を味ふために。
どうやら「其中庵の記」が書けそうになつた。
だんだん心境が澄みわたることを感じる、あんまり澄んでもいけないが、近来あんまり濁つてゐた。
清澄、寂静、枯淡、さういふ世界が、東洋人乃至日本人の、つゐの棲家ではあるまいか-私のやうな人間には殊に-。
柿、栗、筍、雑木、雑草、杜鵑、河鹿、蜩、等々々。
いづれも閑寂の味はひである。
さみしい夜が、お隣の蓄音機によつて賑つた、唐人お吉、琵琶歌、そして浪花節だ、やつぱりおけさ節が一等よかつた。

※表題句の外、3句を記す

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Photo/川棚温泉松谷にある若宮神社


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冴える眼に虫のいろいろ

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-四方のたより- 選挙の公費負担と収支報告

なんと40日ぶりの言挙げとなってしまった。
例年3月は、いくつかの確定申告と身内の会社の決算準備に追われ、ブログの更新も滞りがちになるのだが、このたびはそんな事情に加えて、或る候補者の選挙-大阪府議選-にかかずらったために、とうとうこんな仕儀になってしまったのだ。
まず選挙準備に2週間もなかったのだから、破天荒もいいところ、寝る暇もあらばこそ、こんな無茶なスケジュールはない。おかげで告示日を迎えた朝、すでに極点に達したかと思うほどに疲労困憊だった。
急遽集めた僅か5人のウグイスたちと有償の街宣車用運転手、それに日によって増減甚だしいが延べ10人前後の初老ボランティア軍団-、といったところが9日間の選挙を支えた実働部隊だったのだが、そんな経験もまったく乏しいこの不揃いの兵士たちも、選挙戦後半ともなってくると逞しく当千の強者たちに変貌してくるのだから、この騒擾劇、ただバカバカしいだけの熱狂というわけでもない。ひと握りの素人集団ながら、よくぞここまで闘えり、と彼らに賛辞を捧げてもよい9日間ではあった、と思う。
一炊の夢、闘いは終えても、後始末の務めは残る。収支報告などという事務は、精確を期そうとすればするほどに煩わしさは増す。
100円、200円の少額のレシートから数十万の額が記された大小200枚ほどに及ぶ領収書を精査仕訳し、最終的に仕上がったその報告書は、領収書写しの綴りも含め、計48頁に及ぶ厚手のものとなった。
だが、それにしても、公職選挙法というもの、どうせ政治家たちのご都合が端々に込められた自家撞着だらけのものなのだろうが、こんな奇妙奇天烈なものはない。
公営選挙と称され、選挙運動のための自動車や推薦葉書、選挙用ポスターなど、選挙費用の一部公費負担制度が導入されたのは、小選挙区・比例代表制へと変わった1994-H4-年の改正公職選挙法からだが、今に至るもこの公費負担制度と収支報告のありようが、いったいどういう論理で貫かれているのか、面食らってしまうばかりなのだ。
このたび私が関わった候補者は、街宣車に関する費用を公費負担の請求せずとしたのだが、この姿勢が却って収支報告を複雑なものにする羽目と相成った。
たとえば簡単な例で街宣車のガソリン代、この費用は狭い選挙区内を毎日走り回ったとてほぼ1万円前後にしか過ぎないが、この僅かな額を公費負担とするには、ガソリンスタンドの会社と所定の契約書を交わし、尚かつ請求は売り手側のほうからなされなければならないという、彼らにとっては面倒なばかりの業者泣かせの制度だ。
これを公費負担とせず、給油のつど現金で払ったのだから、私は当然の如くこれを収支報告に記載した。ところが選管の職員に言わせると、公選法第159条にこの計上は禁止されているから削除せよ、と曰う。
さらには、当方は街宣車をその看板や拡声器と込みでレンタルし、これを公費請求もしなかったものだから、その全額を計上していたのだが、公費負担の対象とされている車両のレンタル料分は記載するな、と仰る。
要するに、公費負担の対象となっているモノについては、此方がこれを請求せず、たとえ自弁で対処したとしても収支報告に計上してはならないのだ。
ところが他方で、ポスターの作成・印刷代については、公費負担であるのに、その単価・枚数などの詳細を記載しなければならないなど真逆の規定があるから、当然、収支報告なるものはバランスを欠き、選挙の実体を映すものとはならない。
抑も公費負担のものもすべて収支報告に明示・記載されるような制度であってこそ、選挙の実体を映すガラス張りの収支報告となるのだが、公選法はまったくそのようにはなっておらず、此方が精確を期せば期すほど、奇妙な報告書とならざるをえないのだ。

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<日暦詩句>-24
祈らうとひざまづくと
背後から襟がみ掴まれ蹴つとばされて
俺は火口の一つにつきおとされた
耳もとを過ぎる熱気が夢の膜を払いのけ
俺は落下と速度の悲しみに気付き始める
青い煙のなかを落ちてゆく

不安定な楕円
俺はいま位置をもたない
  -山本太郎詩集「かるちえ・じやぽね」-昭和29年刊-より

―3月の購入本―
亀井孝編「日本語の歴史-7-世界のなかの日本語」平凡社ライブラリー
茨木のり子集「言の葉-2-」ちくま文庫
茨木のり子集「言の葉-3-」ちくま文庫
スラヴォイ・ジジェク「ポストモダンの共産主義-はじめは悲劇として、二度目は笑劇として-」ちくま新書
松岡和子「深読みシェイクスピア」新潮選書
結城浩「数学ガール-乱択アルゴリズム」Softbank
小島寛之「キュートな数学名作問題集」ちくまプリマー新書
M.ワトキンス「公式の世界」創元社

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―山頭火の一句― 行乞記再び-昭和7年-157
6月14日、同前。

晴、朝の野べから青草を貰つてきて活ける、おばさんから貰つて活けてをいた花は、すまないけれど、あまり感じよくないから。
青草はよい、葉に葉をかさねて、いきいきとしてゐる。
来信数通、みんなうれしいたよりであるが、殊に酒壺洞君、緑平老、井師からの手紙はうれしかつた。
返事を書かうと思つても端書がない、切手を買ふ銭がない、緑平老への返事は急ぐので、やうやくとつておきの端書一枚を見つけて、さつそく書いた。
-略- 嚢中まさに一銭銅貨一つ、読書にも倦いたし、気分も落ちつかないので、楠の森見物に出かける、天然記念保護物に指定されてあるだけに、ずゐぶんの老大樹である、根元に大内義隆の愛馬を埋葬したといふので、馬霊神ともいふ、ぢつと眺めてゐると尊敬と親愛とが湧いてくる。
往復二里あまり、歩いてよかつた、気分が一新された、やつぱり私には「歩くこと」が「救ひ」であるのだ。
-略- けふもサケナシデーだつた、いやナツシングデーだつた、時々、ちよいと一杯やりたいなあと思つた、私は凡夫、しかも下下の下だ、胸中未穏在、それは仕方がない、酒になれ、酒になれ通身アルコールとなりきれば、それはそれでまたよろしいのだが、そこまでは達しえない、咄、撞酒糟漢め。
夕方また歩いた、たゞ歩いた。
自から嘲る気分から、自からあはれみ自からいたはる気分へうつりつゝある私となつた、さて、この次はどんな私になるだらうか。
-略-

※表題句の外、15句を記す

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Photo/川棚温泉大楠の森


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2011年3月19日土曜日

樹かげすゞしく石にてふてふ

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―四方のたより― この恐怖から逃れきれるか

3.11、宮城沖に発した地震、M9.0という、その激甚さ―
直後に襲来した未曾有の大津波―
三陸海岸ばかりか、東北の太平洋岸一帯にもたらされた、想像を絶する惨劇をまえに
ただ鬱々と黙するほかない日々がつづく
とりわけ原発破壊による放射能漏れの事態収拾は未だ解決せず
その恐怖は果てしない精神的抑鬱となってこの列島を覆いつくしたままだ

想定外だった、と口を揃えていう―
だが、自然の猛威は、つねに想定の外にありうるものなのだ
想定の外にあることが、起りうる、ということ
いや、現に、あってはならぬことが、起こってしまったのだ―
人は、われわれは、この恐怖から逃れきることができるのか
この恐怖を克服することなど、はたしてできるのだろうか

<日暦詩句>-23

この衰残をきわめた地方を何としよう
花田民の嵐が立ち去つたあとのように
赤茶けた土塊はぼろぼろとくづれるばかり
喬木には鳥さへもなかず
疎らなる枝々はひたすらに大地をねがう
ああこの病みほけた岸辺に立つて潟を望めば
日没はあたかも天地の終焉のごとく
あるいは創世の混沌のごとく
あの木小屋の畦りで人間のむれは
愛のささやきも忘れはてた‥‥
とおく不毛の森林のかげに
村落の集団のいくつかがかくされているのであろうか
わたくしは知らない 昔ペテロが
何故に滂沱たる涙をながしたか 
 –以下略-
  ―中村稔詩集「無言歌」所収「ある潟の日没」より

花田民-かでんみん-―嘗て朝鮮半島山岳地帯で焼畑農業を営んだ生活困窮の農民たちのこと。とりわけ日本総督府支配下において増加、半島北部の山林はほとんど禿山と化した、という。

―2月の購入本―
亀井孝他編「日本語の歴史-5-近代の流れ」平凡社ライブラリー
  〃  「日本語の歴史-6-新しい国語への試み」平凡社ライブラリー
加藤隆「歴史の中の『新約聖書』」ちくま新書
茨木のり子集「言の葉-1-」ちくま文庫
神田千里「宗教で読む戦国時代」講談社メチエ
宮本徳蔵「力士漂泊-相撲のアルケオロジー」講談社文芸文庫

―山頭火の一句― 行乞記再び-昭和7年-156
6月13日、同前。

-略-、三恵寺へまた拝登する、いかにも山寺らしい、坐禅石といふ好きな岩があつた、恰雲和尚-温泉開基、三恵寺中興-の墓前に額づく、国見岩といふ巨岩も見た、和尚さん、もつと観光客にあつてほしい。
酒はもとより、煙草の粉までなくなつた、端書も買へない、むろん、お香香ばかりで食べてゐる、といつて不平をいふのぢやない、逢茶喫茶、逢酒喫酒の境涯だから―しかし飲まないより飲んだ方がうれしい、吸はないより吸ふた方がうれしい、何となくさみしいとは思ふのである。

南無緑平老如来、御来迎を待つ!
今日は句数こそ沢山あるが、多少でも自惚のある句は一つもない、蒼天々々。
どうやら寺領が借れるらしい、さつそく大工さんと契約しよう、其中庵まさに出来んとす、うれしい哉。

※表題句の外、9句を記す

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Photo/三恵寺にある伝承の国見岩、現下関市豊浦町

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Photo/三恵寺境内の石仏たち


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2011年3月3日木曜日

考へてをれば燕さえづる

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―四方のたより― 春の日長に‥

「SOULFUL DAYS―逆縁-ある交通事故の顛末-」をひとまずは一書とし、読んでもらうには重きに過ぎるのを承知で、親類縁者や生前のRYOUKOと交友のあった人あるいは私の旧知の人々など180名ほどに、勝手ながら一方的に送ったのは1月も晦日近くだった。
それから一ヶ月余、はや3月になってしまったが、この間断続的ながらさまざまの反応があったし、なかには丁重な書面や思いもよらぬ供物まで届けられたりで、心にひとくぎりをつけるべし筈だったのに、送り主たちの心慮に恐縮しつつも、そのたびにふりかえっては些か沈潜気味となる日がくりかえされる。

一昨日、近くの仏具屋を尋ねて香炉を買い求めてきた。
供物として届けられた木箱入りの線香がそれも二つ、古い知友からのもので、ひとりは千葉に住む中高時代の同期生で半世紀近くも逢えぬままの友、もう一人は私が泉北に在る頃サンデー太極拳に集ってくれた仲間だから三十年来の知己。
このほどようやく調った机まわりなのだが、そこで日長おりふし線香を灯しては仄かな香りが室内に漂う。
壁に掛かった狩野芳崖の悲母観音が微かな笑みを投げかけている。

Hibokannon
Photo/狩野芳崖の悲母観音図軸装より

<日暦詩句>-22
薔薇いろの鉱石質の陽がはいまわる。
いま地上には、
下界をおおいつくそうとする灰色の湿地がはびこる。
それはおれたちのえいえいとしたいとなみの何億倍かの速度で殖える。
しかし、ああ、おれたちがその不毛の影を消す悲願を持ちはじめてから久しい。

おれたちはあの日以来二本の足で歩きまわることをやめた。
さればといつて手の長さと脚の長さのちがつてしまつたおれたちは、
もう四足で歩くことは永久に御免だ。
おれたちは二本の手を
それが最大の忍従のように、べつたりと前へ突き、
嬉しそうに膝ではいずりまわる。
  ―安東次男詩集「蘭」所収「死者の書」より

―山頭火の一句― 行乞記再び-昭和7年-155
6月12日、同前。

曇、今日から入梅。
山を歩いて山つつじを採つて戻る、野の草といつしよに、―花瓶に活けて飽かず眺める。
川棚名物の「風」が吹きだした-湯ばかりが名物ぢやない-。
16銭捻出して、11銭は焼酎1合、5銭は撫子一包、南無緑平老如来!
リヨウマチ再発、右の腕が痛い。

※表題句の外、7句を記す

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Photo/’02年2月、高砂市にある山頭火句碑の園にて、抱かれたKaorukoはまだ生後4ヶ月だったか


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