2011年6月18日土曜日

拾ふことの、生きることの、袋ふくれる

Dc09122616

―四方のたより― お出かけ二題

朝から岸里の関西芸術座スタジオへと出かけ、
東日本大震災被災地支援チャリティ公演と副題した、河東けい構成の「宮沢賢治を誦む」の午前の部を観る。
関芸の老優たち-失礼!-、おけいさんをはじめ、藤山喜子、小笠原町子、寺下貞信、山本弘、梶本潔ら、懐かしい顔ぶれと若手の劇団員たちによる協働の舞台は、舞踊家上甲裕久の振付も得つつ、抑制を効かせ過剰に陥らずあくまで静謐に進行した。観るべきほどの特段の表象があった訳ではないが、企画趣旨の取組みからしてそこまでは此方も期待していないから一応の納得。
とはいえ地下鉄岸里の駅から歩くのは遠い。この地の利の不便さが、関芸スタジオを使いにくいものにしている。本拠稽古場をそれまでの美章園から此の地へと移したのが’78年だったとすると、もう33年も以前のことだ。それなのに私自身、足を運んだのはこの日でたった二度目。それほどに外部団体などからの利用がきわめて乏しいということだろう。

061803
雨が激しくなってきたが、今日は夕刻からもう一つお出かけの予定。
陶芸の石田博君が、昨日から寝屋川の市民ギャラリーで個展を開催している。
個展のたびにいつも凝った案内状が届く。
今回は会場もずいぶんと広いらしく、タイトルどおり積年の作品群がひしめくようで、愉しめるのじゃないか。

061801
061802
061805
061804

―山頭火の一句― 行乞記再び-昭和7年-169

6月27日、同前。曇、梅雨らしく。
朝蜘蛛がぶらさがつてゐる、それは好運の前徴だといはれる、しかし、今の私は好運をも悪運をも期待してゐない、だいたい、さういふものに関心をあまり持つてゐない、が、事実はかうだつた、東京から送金して貰つた、同時に彼女から嫌な手紙を受取つたのである。
二三日前からの寝冷がとうとう本物になつたらしい、発熱、倦怠、自棄-さういつた気持がきざしてくるのをどうしようもない。
小串へ出かける、月草と石ころを拾うてきた、途中、老祖母の事が思ひだされて困つた、父と私と彼女と三人が本山まゐりした時の事が、‥八鉢旅館の事、馬の水の事。‥‥
近来、妙な句ばかり出来る、私も老いぼれたのかも知れない、まだ老いぼれるには早すぎるが!

※表題句の外、4句を記す

06181
Photo/川棚、三恵寺の石仏たちに混じって


人気ブログランキングへ

0 件のコメント:

コメントを投稿