2011年6月1日水曜日

蝿がうるさい独を守る

Dc09070770

―四方のたより― 承前、ふたり旅Repo-2
4月30日、曇、宿で朝食を摂って津和野を発ったのは午前9時頃、またも国道9号線へ出て一路山口市へと向う。街の中心部を通り過ぎるとやがて小郡。その小高いあたりに山頭火の其中庵がある。以前に訪れたのはかれこれ15.6年前になるのだろうか、復元されたのが平成4年というから成ってまだまもない頃だった訳だ。
其中庵を後に、今度は国道2号線を走って下関市へ入り、川棚温泉へと向うため国道491号線へ。

06011
  Photo/其中庵前庭の句碑「母よ、うどんそなへてわたしもいたゞきまする」

川棚に着いたのはもう昼近く。此の地に庵居を求めた山頭火が、昭和7年6月から百余日滞在したという宿の木下屋は、妙青禅寺山門下に山頭園と名を変えて今も残っている。寺の本堂裏には小ぶりながら瀟洒な佇まいの雪舟築庭。門前の坂道を少し下った所にはモダンな建築の川棚温泉交流センター。
卵白などのアレルギーがあるKAORUKOに瓦そばは無理だろうと、昼食には近くのイタリアンカフェでパスタを賞味。
腹も満たされ、次に訪れたのがこんもりと茂った森深くにある三恵-さんね-寺。愛敬たっぷりにさまざまな表情をたたえた石仏たちに混じってパチリ。
それからまた少し車を走らせて川棚のクスの森へ。この大楠殿にはKAORUKOもさすがにビックリの態。

06012
  Photo/三恵寺境内の石仏たちと

06013_2
  Photo/大楠を背景にKAORUKO

これで川棚ともおさらば、山陰本線と並行するように国道191号線を北上するが、数キロも走らないうちに海岸近くの小高いところにあって、遙か洋上に北九州の山脈や壱岐を見はるかす福徳稲荷神社へと立ち寄る。

06014
  Photo/海辺の山腹に建つ福徳稲荷神社

次に目指すは2000年の完成以来、山口県下で人気の観光スポットになったという角島大橋。響灘の海岸沿いをしばらく北上すると、やがて191号と分かれて県道275号となるが、それも5分ばかり走って左へ折れると、全長1780m、中ほどにアップダウンのあるラインが碧い洋上に浮かんでいるのだが、折悪しく天気は雨混じりの荒れ模様。
車から降りてゆっくり眺めるほど時間もないから、ただ角島へと渡って折り返すのみ。

06015
  Photo/雨にけむる角島大橋

あとは長門の仙崎を目指してひた走る。仙崎の港に着いたのはかれこれ午後4時半頃だったろう。
今夜の宿のある青海島へ渡る前に、金子みすゞの記念館に立ち寄る。いまどきの子どもにとってみすゞの詩はお馴染だ、KAORUKOも小3の教科書に出てきた「不思議」ですでにご対面している。

 「私は不思議でたまらない、
  黒い雲からふる雨が、
  銀にひかっていることが。」
 「私は不思議でたまらない、
  青い桑の葉たべている、
  蚕が白くなることが。」
 「私は不思議でたまらない、
  誰もいじらぬ夕顔が、
  ひとりでぱらりと開くのが。」
 「私は不思議でたまらない、
  誰にきいても笑ってて、
  あたりまえだ、といふことが。」

06016
  Photo/みすゞ記念館の金子文英堂

館内を一巡して、金子文英堂の玄関を出ると、真向かいに「みすゞこうぼう」の看板があったので、そろりと入ってみると、60年配のおじさんが独り、ぼそっと座っていた。
もりいさむというその御仁、みすゞの詩ばかり90編も曲にのせて唄っているというフォークシンガーだそうで、話をしているうちに興が乗ったか、店の奥に設えた小さなstageで一曲ご披露していただいたので、お礼に彼のCDを買い求めてサヨナラした。

06017
  Photo/みすゞの詩を唄うへんな小父さんもりいさむ氏と

橋を渡って青海島の宿へ着いたのが午後6時過ぎ。此処では夕食の予約をしていないので、ひとしきり寛いでからまたぞろ仙崎の町へと車で出かける。アレルギー体質の所為でとかく偏食のKAORUKOには寿司なんぞがよかろうと、港に面した店で舌鼓。
翌朝、小さな旅のちょっとしたアクセントにと、船で青海島めぐりをするべくまたも仙崎の港へ。海からぐるりと青海島を一周するコースで、所要時間が90分、大人2200円と小学生1100円、計3300円也。乗船待ちのあいだに開けたばかりの土産物屋の軒先で名代の蒲鉾を買い求めた。
雨まじりの風が吹きつける荒れ模様の天候のなか、定員30人ばかりの小さな船が島を廻って外海へとピッチをあげる。そそり立つような断崖、数々の奇岩や洞窟など、次から次と経巡って船は走る。その景観と船の運びのリズムがずいぶんと変化に富んでいた所為か、心配された船酔いもなくKAORUKOは元気にタラップを降りた。

06018
  Photo/青海島奇岩の一、仏岩

このぶんならこのまま帰路に向かわず、昨日立ち寄れなかった油谷の棚田へと遠回りしても大丈夫とみて、国道191号を引き返す。
油谷の東後畑あたりは、もう11時を過ぎているというのに深い霧の中、棚田の絶好ポイントも視界はまったく霞んでいるばかりで、わざわざ来たのにこれでは拍子抜け。このまま立ち去る訳にも行かず、狭い農道を海岸線の方へとさらに降りていけば、霧も切れてきて、やっと棚田の景色とご対面が叶い、不承々々ながらもとりあえずは納得。

06019
  Photo/油谷東後畑の棚田

あとは一目散に帰路をとる。191号線から美祢線の316号線へ、美祢INから中国道、山口JCから山陽道と、途中三度のトイレ休憩を挟んで、530km余りをひたすら走らせるも、案の定、三木JCの手前あたりから渋滞の憂きの目に。挙げ句、宝塚トンネルまでの渋滞を抜けるのに1時間半を要したものの、午後7時前には無事三日ぶりのご帰還となった。


―山頭火の一句― 行乞記再び-昭和7年-166

6月24日、同前。やうやく晴となつた。
妹から心づくしの浴衣と汗の結晶とを贈つてくれた、すなほに頂戴する。
血は水よりも濃いといふ、まつたくだ、同時に血は水よりもきたない。
小串へ出かけて、予約本二冊を受取る、俳句講座と大蔵経講座、これだけを毎月買ふことは、私には無理でもあり、贅沢でもあらう、しかし、それは読むと同時に貯へるためである、此二冊を取り揃へて置いたならば、私がぽつかり死んでも、その代金で、死骸を片づけることが出来よう、血縁のものや地下の人々やに迷惑をかけないで、また、知人をヨリ少く煩はして、万事がすむだらう-こんな事を考へて、しかもそれを実行するやうになつただけ、私は死に近づいたのだ-。
近来、水-うまい水を飲まない、そのためでもあらうか、何となく身心のぐあいがよろしくない、よい水、うまい水、水はまことに生命の水である、ああ水が飲みたい。
蝿取紙のふちをうろうろしてゐる蝿を見てると、蝿の運命、生きもののいのち、といつたやうなものを考へずにはゐられない。
終日終夜、湯を掘つてゐる、その音が不眠の枕にひびいて、頭がいたんできた。
今日は書きたくない手紙を三通書いた、書いたといふよりも書かされたといふべきだらう、寺領借入のために、いひかへれば、保証人に対して私の身柄について懸念ないことを理解せしめるために、-妹に、彼に、彼女に、-私の死病と死体との処理について。-
鬱々として泥沼にもぐつたやうな気分だ、何をしても心が慰まない、むろん、かういう場合にはアルコールだつて無力だ、殊に近頃は酒の香よりも茶の味はひの方へ私の身心が向ひつつあることを感じてゐる-それは肉体的な、同時に、精神的なものに因してゐると思ふ-。

※この日句作なし、表題句は6月21日所収

「書きたくない三通の手紙」-その相手、妹は防府近在大道の富農家に嫁いだという3歳下のシズのこと、彼は息子の健だが、この頃は秋田県の鉱山専門学校に在籍していた筈、そして彼女はむろん別れた妻咲野、熊本市内で二人ではじめた文具屋「雅楽苦多」を独りで営んでいる。

060101
  Photo/妙青禅寺の鐘撞堂

人気ブログランキングへ

0 件のコメント:

コメントを投稿