2011年2月3日木曜日

更けて流れる水音を見出した

Santouka081130068

―四方のたより― 茶器づくり初体験

サン・イシドロ窯を称する陶芸家石田博君の招きを受け、期友の女性ふたりと連れ立って寝屋川の彼の自宅を訪ねたのは師走の11日、土曜日の午後だった。
この折、先に来ていた石田夫人の友人3人と一緒に、思いもよらず石田陶芸教室の体験入門とあいなり、この歳にして初めて土をこね茶器を作るなどという仕儀になったのだった。

石田君の指導のもと中高年の男女が6人、いわれるがままにロクロの上の粘土と格闘すること2時間半ほどか、最後の仕上げはそれぞれ石田君の手を少しばかり煩わせつつ、ひとまずは形になった茶器をおいて、お疲れさんとばかりあとは飲み会となったのだが、此方は夕刻までの訪問と時間を限っていた所為もあって、石田夫人手作りの馳走など折角のもてなしも堪能すること叶わず、足早の退散となって石田君には失礼この上ない反省しきりの訪問に終ってしまったのだった。

年が明け小正月も過ぎて20日頃だったか、その石田君から電話があり、そろそろ茶器の窯焼きをするから釉薬をどんなものにするかそれぞれ希望を、と訊ねてきた。門外漢の此方は釉薬の種類など唐突に訊かれても分かろう筈もない。しどろもどろに狼狽えつつも彼の説明を聞きながら、「じゃ、利休の黒っぽいので」と、なんとか応じたものだった。

それが焼き上がったというので、またぞろ期友ふたりと訪ねたのが昨夕のこと、石田君の指導よろしきを得て、見事に仕上がった私(?)の茶器とご対面となって、あとはまたまたしばしの宴、雑談放談飛び交う飲み会と相成ったのだった。

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Photo/利休天目で焼き上がった茶碗三態

<日暦詩句>-15
 さはれ去年の雪いづくにありや、
  さはれ去年の雪いづくにありや、
   さはれ去年の雪いづくにありや、
    ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥意味のない畳句が、ひるがへり、巻きかへつた。美しい花々が、光のない空間を横ぎつて没落した。そして、遙か下に、褪紅色の月が地平の上にさし上つた。私の肉体は、この二重の方向の交錯の中に、ぎしぎしと軋んだ。このとき、私は不幸であつた、限りなく不幸であつた。
―富永太郎「鳥獣剥製所一報告書」より-昭和2年―

―山頭火の一句― 行乞記再び -147
6月4日、同前。

曇后晴、読んだり歩いたり考へたり、そして飲んだり食べたり寝たり、おなじやうな日がつづくことである。
午後、小串まで出かける、新聞、夏帽、ショウガ、壺を買ふ、此代金51銭也。

帰途、八幡の木村さんから紹介されて、森野老人を訪ねる、初対面の好印象、しばらく話した、桑の一枝を貰つてステッキとする、久しぶりにうまい水を頂戴する、水はいいなあ、先日来。腹中にたまつてゐたものがすーつと流れてしまつたやうにさへ感じた。
人は人中、田は田中、といひますから‥とは老人の言葉だつた。

-略-、今夜も睡れない、ちよつと睡つてすぐ覚める、4時がうつのをきいて湯にはいる、そして下らない事ばかり考へる、もしここの湯がふつと出なくなつたら、‥といつたやうな事まで考へた。
杜鵑がなく、「その暁の杜鵑」といふ句を想ひだした、私はまだまだ「合点ぢや」と上五をつけるほど落ちついてゐない。
隣室の客の会話を聞くともなしに聞く、まじりけなしの長州弁だ、なつかしい長州弁、私もいつとなく長州人に立ち返つてゐた。
カルチモンよりアルコール、それが、アルコールよりカルチモンとなりつつある、喜ぶべきか、悲しむべきか、それはただ真実だ、現前どうすることもできない私の転換だ。

※表題句の外、5句を記す。

02031
Photo/川棚温泉のはずれ、中小野にある岩谷の十三仏


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